【2021.01.09】コロナというタブー

去年の3月あたりから人と人とのつながりが制限されてきた。



色々なものがオンラインになった。

前期から始まった大学院の授業はすべてオンラインになった。

課題が毎週出されて必死にこなした。頑張ったけど頑張った分理解したかというとなんともいえない。

今年は自分にとって就活が始まる年だった。



インターンシップは最近の就活で重要視されており、内定に大きく影響すると聞く。

今年のインターンシップはほとんどがオンラインで行われた。急な対応にも関わらず機会を用意してくれた企業には感謝の限りだ。

でも対面と比べると質が大きく下がった。



オンラインでは就活仲間もできなかった。あまりにも向かい風が強すぎた。

オンラインでのコミュニケーションは、人間の本能的なそれとあまりにかけ離れている。便利かもしれないが空虚だ。人生の針が止まったように感じる。

人間関係が固定化された。



仲のいい人同士がそれぞれより集まって、周囲に大きな壁を築いているように感じる。

意図的でない社交が一切封じられているように感じた。

偶然の出会いや目的のないなにげない雑談はなくなった。

必要ときに必要な人にしか会話してはいけないような空気を感じた。

人と人とのつながりが薄まるのが苦しい。

ほかの人も苦しんでいるのか見えないのが苦しい。

そんなことは我慢しろ、というような空気を感じるのも苦しい。

でも自分が一番苦しいのはさも当たり前のように自粛をする人が多いことだ。

真理を重んじるはずの弊大学から出された自粛要請もバッシングを恐れ、全く感情のない無機質なもので辟易とした。


夏休みにコロナ対策をプレゼンする特別授業があったが、ここでも自粛ありきの議論しかなく、辟易とした。

自粛についてあれこれ意見するのがタブーのように感じられる。

でも僕は自粛をしなければならない理由についてまだ腑に落ちていない。

自粛すべきかどうかの議論もなかなかできないでいる。(しかもこういう議論は繊細だし、オンラインでは大変やりにくい。)

違和感は4月ごろからずっと消えない。(コロナ疑問リスト – ハットリブンコ)

少し話が飛躍するかもしれないが、下の記事みたく、今の状況は戦時中と似ているのかなと感じる。